インフレ鈍化の兆し、利上げは頭打ちか?

9月の米国CPIが発表され、前年同月比で8.2%の上昇という結果であった。

市場予想では8.1%であった事もあり、思ったほどインフレは低下していなかったものの、前月(8月)の8.3%からやや下回っている為、確実にインフレは鈍化しつつある。

CPIのグラフは以下の通り。

見ての通り、右肩上がりだった勢いが、明らかに衰え始めているのが見て取れる。

それもそのはずで、2021年のCPI上昇はコロナ不景気の影響を抑えるために、現金給付による資産の強制増加が主な要因である。

そして今はその要因が無くなった事で、個人の消費意欲も2021年と比較すれば下がっている状況だ。

CPIの内訳についてざっくりと確認していき、何がインフレ鈍化を招いたのか把握しておこう。

まずは、エネルギー品目から見ていこう。下図は原油先物のチャートである。

金利上昇による影響で景気後退が懸念され始めている事もあってか、原油価格は最高値から大きく下落している。

直近では、中国政府によるゼロコロナ政策の継続がエネルギー需要の低下に拍車をかけているのも要因だろう。

天然ガスも同様に、最高値から大幅下落となっている。

ただし、欧州ではロシアからの天然ガス供給量が減少した事に加え、直近のエネルギー価格下落を受けてOPECプラスは減産を発表をしている。

また寒さの厳しい冬を乗り越える為にも、暖房や灯油の需要が高まるので、短期的にはエネルギー価格は上昇する余地があるだろう。

次に、住宅価格について見てみる。

前年同月比で20%という驚異的な上昇を見せてきた住宅価格であったが、年初から始まった利上げの影響がここにきてようやく価格に反映されている。

住宅市場は金利上昇の影響が出始めるまでにタイムラグが出やすく、約半年程度のズレが生じると言われているが、利上げが開始された年初からちょうど半年近くが経過している。

政策金利は3.75%~4.00%に位置付けられており、住宅ローンの変動金利も去年と比較すると大きく引き上げられていくだろう。

住宅ローンの金利負担が重くなるほど、新規で住宅を購入する人は減少していくため、今後も住宅価格は低下していくと思われる。

また、コロナ禍ではウッドショックと呼ばれるほど木材の需要が爆発的に増加していたが、現在では落ち着きを取り戻している。

このように、米国の住宅価格インフレ問題は、ひとまずは収束へと向かっていくと考えてよいだろう。

とはいえ、まだまだ住宅価格のインフレ率は歴史的に見ても高水準に位置しており、リーマンショックが発生する前の水準よりも高い。

また、住宅ローンを組んでいない賃貸住宅に住んでいる米国人の一部は、未だ住宅市場のインフレが進む前の賃料を払い続けており、通常は賃貸物件の契約更新は2~3年間隔が一般的である為、もうじき現時点の住宅市場価格である高い賃料での契約更新が迫っているようだ。

要するに、次回の契約更新時の賃料は以前のものと比べて高めに要求される可能性があり、この支払額増加がCPIに上昇圧力となる要因は否めない。

そのため、CPIの変動は上げ下げを伴いながら、来年にかけてジリ下げしていくイメージだろうか。

コモディティや住宅市場が比較的大きく下落してきたにも関わらず、インフレ率が8%という高水準で高止まりしているのはなぜだろうか?

それは、エネルギー系を除いたサービス業のインフレ率に答えがある。

サービス業の物価はいまだに上昇し続けており、これがCPIの高止まりとなっている要因だ。

そしてサービス業における原価の半分近くは人件費であり、米国では長引く物価上昇と深刻な人手不足の影響で、賃金の引き上げを相次いでおこなってきた。

人件費が高騰すると企業の利益は減少するため、その穴埋めとしてサービス価格(商品販売価格)に転化している。

物価が前年同月比で3%上昇しているにも関わらず、賃金が一向に上がらない日本と対照的に、物価上昇に合わせて賃金を引き上げてくれる米国は、労働者の立場からすればマシと言えるのかもしれない。

しかし、ここで問題なのが、企業側の立場からすれば商品の販売価格を上げたり下げたりするのは比較的容易に決定可能である一方で、賃金の引き下げは容易に決定することは出来ない点である。

当然だが、一生懸命に働いている労働者からすれば、ある日突然、会社から基本給を2~3万円引き下げますと宣告されれば、猛反発することは目に見えているだろう。

そのため、金利上昇によるインフレ阻止の効き目が最も効きにくい人件費によって、サービス価格は思うようには下落してくれないと考えたほうがよい。

ここまでの話を総合すると、金利上昇の影響を受けやすいエネルギー系のコモディティ銘柄は既に大きく下落しており、金利上昇からタイムラグが出やすい住宅市場もようやく下落し始め、賃金に関してはまだ下落する気配はない。

今後のインフレ推移を予測すると、金利水準が歴史的に見ても高い水準にまで上昇している為、いずれは賃金インフレにも効果が出ると思われる為、最終的には時間をかけて下落し続けていくだろう。

来年の夏頃には、おおよそ4%~5%付近まで下がるのではないかと予測している。

現在の政策金利は、11月3日のFOMCで市場予測と同じ0.75%の引き上げが決定され、FFレート3.75%~4.00%となっている。

これを受けて、米国2年物国債の利回りは、一時5%を上回った。

5%は、2008年リーマンショックが発生する直前と同水準に位置しており、またこれほど急激な上昇スピードというのも、過去を振り返ってみても多くはない。

この5%という高水準な金利が米国経済にどれほど深刻なダメージを与えうるものなのかは、2008年付近の価格推移を見てもらえればお分かりになるだろう。

米国の代表的な株価指数S&P500は、2008年のリーマンショックにて大幅下落となり、ITバブルの安値をも割れている。

それほどまでに5%という国債金利の水準は株価にとってもネガティブな要素であり、経済の消費活動を低迷させやすいのである。

あともう一つ、米国10年物利回りについても確認しておこう。

10年債利回りも大きく上昇してきており、4%を超えている。

しかし、2007年のリーマンショック発生前の水準には達していないようだ。

また、2年物国債利回りが10年物国債利回りを上回る現象、逆イールドと呼ばれる景気後退サインが出現している。

これは、政策金利を急ピッチで引き上げた事により短期金利は即座に反応した一方で、金利上昇は実体経済にダメージを与えることから将来の経済は悪くなることを暗示している。

経済が悪くなると失業者が続出するので政治家の支持率は低下する。それを避けるために、政治家は金利を下げて消費活動を活性化させようと目論む。

この一連のストーリーが、逆イールドという現象として、今まさに示されている訳である。


さて、これを受けて今の株式市場はどう反応したのかを見ておきたい。

アップダウンを何度も繰り返しながら、ジリ下げが続いている。

最高値から既に25%近く下がってきたポイントで、直近ではやや反発しているが、底を打ったとは個人的には考えていない。

なぜなら、現在の株価は政策金利が年末~年明けにかけて5%付近まで上昇することを織り込んでいるかもしれないが、企業の業績が大幅に悪化していく事までは織り込めていないと考えているからである。

政策金利が5%まで上昇するという事は、リーマンショック前の水準を上回っており、世界経済の冷え込みは免れない。

米国のGDP成長率はかなり低い伸びに留まる事が専門家の主流の見方であり、最大貿易国である中国も習近平が3期目も続投となり、未だにゼロコロナ政策を強行しているせいで生産・消費活動共に停滞し続けている。

また、為替相場では歴史的なドル高相場が続いている事もあってか、途上国では自国通貨安に陥っており、酷いインフレに悩まされている。(欧州の先進国も例外ではない)

ロシア・ウクライナ戦争も未だ終結する気配はなく、エネルギー・食料価格高騰の懸念は払拭できていない。

さらに問題となっている動きが、脱グローバリゼーションで、これは今回のロシアによるウクライナ侵攻が発端となった事案なのだが、西側諸国と敵対関係にある国が理不尽な戦争を仕掛けた場合、その国に対して経済・金融制裁を科すことになる。

今回はロシアだったから、エネルギー問題だけで済んだものの、仮に中国が台湾へ軍事侵攻した場合はどうなるか?

中国は世界トップレベルの貿易輸入国であり、その中国との貿易が遮断、あるいは大幅に縮小せざるを得ない事態に陥ったらと考えると、ロシアの時とは比較にならないほどのインパクトがあるのは間違いない。

ゼロコロナ政策という愚策をいつまでたっても辞められず、自ら打ち出した政策ミスを認めようとしない習政権は、政敵を排除し以前よりも独裁化が進んだ印象を受ける。

まるで今のプーチン政権との比較対象として見られ始めた習政権だが、国内経済が悪化し13億人と存在する大勢の国民からの政権批判が叫ばれる今、国民達の怒りの矛先を政権から外部へと向けさせる動きもなくはないだろう。

かねてより習近平は、祖国の統一は中台同胞の願いと訴えており、中国人民解放軍の軍備増強を図ってきた。

その証拠として、中国軍の軍事予算は年々増加傾向にある。

「強国」継続を明確化 コロナ禍も軍拡加速―国防予算、日本の5倍・中国全人代 より引用

2022年度の軍事予算は26兆円と、日本の軍事予算の約5倍に相当する。

最新鋭の第5世代ステルス戦闘機を自国で開発したり、戦闘機を搭載するための空母3隻目を進水したりと、台湾戦争に向けた準備を着実に進めている。

本当に台湾進攻をするつもりなのかは習政権にしか分からない事だが、ウクライナ侵攻という21世紀最大の軍事衝突が現実のものとなった以上、もう我々は楽観論に浸っている場合ではない。

そして投資家の立場からしても、台湾進攻は決して無視できるものではなく、リーマンショック以上に株式市場へダメージを与える事になるだろう。

今後、中国と貿易ができないとなると、今まで中国の安い労働人口を使って製造していた物は、自国内で作るか別の途上国に生産工場を移転するしかなくなる。

その移転先は、当然中国と仲の良い国だと困る訳で、必然的に西側諸国などの同盟関係にある国同士でのみ製造の委託や貿易を行うようになる。

つまり、これまでは世界中が経済面で繋がれていた事で、現地の安い労働者を使っていろんな物を安く作り、それが我々に安く提供されていたが、世界中で繋がれていたが故に、政治的・軍事安全保障の観点から様々な問題が続出したのである。

この先、脱グローバリゼーションの動きが強まるにつれて、米国や日本などの先進国企業は中国に建てた工場を自国に引き上げる事になり、安い人件費で製造できていた製品が、高い人件費をかけて製造するしかない状況へと変化することで、企業の利益が縮小する恐れがある。

米国は日本と異なり、値上げに対する抵抗感がほとんど無いので、企業の業績悪化を軽減するために販売価格を引き上げるだろう。

このシナリオが現実のものとなれば、米国で起こっているインフレ問題は、世界経済の構造的な問題であるとも捉えられ、金利を引き上げただけで容易に静まるものではないのかもしれない。

また、台湾進攻が実際に起こらないとしても、ウクライナ侵攻という悲惨な現実を目撃した以上、先進国企業は前もって中国に建てた工場を自主的に引き上げすることを検討するかもしれない。

いずれにせよ、脱グローバリゼーションの動きは、世界経済を西側諸国(アメリカ・日本)と東側諸国(ロシア・中国)の2陣営に切り分ける形となり、冷戦時の緊迫した世界情勢へと逆戻りするだろう。


さて話が少し脱線したが、まとめるとインフレは今後も長期にわたって市場のテーマであり続ける可能性が高いという事だ。

短期的な目線で語れば、金利上昇は間違いなく人々の消費活動を鈍らせるだろう。

これにより、CPI(消費者物価指数)は一旦下がり、株価も一息つく形で、上昇反発が見込める可能性はある。

ただし、CPIが下がるという事は人々が買い物を控えるという事であり、それはすなわち企業が儲からなくなるという事である。

企業業績が悪くなったところで、ようやくリストラを強行したり、賃金コストの引き下げを始めると思われる。

そのようにして、CPIは4%付近まで落ちていく訳だが、恐らく今の株価はそこまでの企業業績悪化を織り込めてはいない。

株価の変動要因は、「金利」と「企業業績」の2つが主な要因である。(他にもあるが)

金利上昇がある程度織り込めて、株価が下落しきって安心している人は注意したほうがいいかもしれない。

それに加え、賃金コストが下がるにはもう少し時間がかかるだろうから、金利を上げてもインフレが高水準で高止まり、あるいは市場が想定しているより高い金利、例えば6%までの上昇も念のため想定しておいたほうがいい。

そのシナリオの場合、金利のさらなる上昇・高水準の金利で高止まり・企業業績悪化という3つのネガティブ要素を市場は全く織り込めていない為、株価の下落余地はまだまだ残されている事になる。


筆者の投資戦略としては、インフレの長期化と台湾有事に備える目的で、Goldと軍事関連銘柄を買い仕込んでいる。

また、Goldが長期的な上昇トレンドを継続すると予測している為、大手の金鉱株についても購入を検討中である。

習近平続投ニュースを受け、保有していた中国関連株は全て売り抜け、代替案としてベトナム株を物色している。

その他の株については、本格的な買戻しはまだ考えておらず、とりあえずは年末まで様子見をしたいと思う。

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