米ドルの価値は危うい?

米ドルは、世界の基軸通貨としての地位を確立してから長い年月が経ち、現時点では最も信用度の高い通貨とされる。

しかし、通貨の価値とは永遠に保たれるものは、歴史を振り返ってみても存在しない。

事実、アメリカが覇権を握る前は、イギリスの通貨ポンドが基軸通貨とされていた。

近年では、経済的・軍事的においてもアメリカに追いつく勢いで成長する中国に、世界の覇権を奪われる可能性も出てきている。

13億人もの人口を意のままに操れる独裁国家に、民主主義のアメリカでは歯が立たないとの指摘もある。

将来的には、アメリカの世界に与える影響力が低下することで米ドルの地位が揺らぎ、中国の法定通貨である人民元が基軸通貨の地位を確立するシナリオも考えられるだろう。

そこで今回は、米ドルの将来性について考えていきたいと思う。

短期はドル高、長期はドル安

1. インフレは通貨安を引き起こす

2022年2月21日現在、世界中でインフレが加速し、各国政府は対応を迫られている。

これまでも伝えてきたように、米国のインフレ率は7.5%にまで到達しており、実に40年ぶりの水準である。


インフレとは、物価上昇に対して通貨の価値が目減りする事を意味する。

去年は100万円で買えてた車が、今年は107万円に値上げされていれば、誰しも生活は疲弊してしまうだろう。

つまり、驚異的なインフレが進んでいくという事は、その通貨を持っていると購買力が低下し続ける。

そんな通貨を欲しがる人が果たしているのだろうか?

これ以上、インフレが深刻化していくのであれば、米ドルの需要が低下することで売り圧力が高まり、ドル安方向へと傾くのは間違いないだろう。

また、日本のインフレ率は2022年時点で約0.5%程度と、相変わらず低水準を彷徨っている。

SDGsやウクライナ情勢を受け、エネルギー資源が日本でも値上がりしつつある。

とはいえ、米国やヨーロッパと比較すると、日本のインフレは非常に低いと言えるだろう。

インフレ率が低いという事は、物価が上昇しておらず、通貨の価値(購買力)も低下していない事を意味する。

むしろ、年率7.5%分の価値が減っていく米ドルよりも、価値が安定した日本円を持ちたい投資家は多いはずだ。

であれば、米ドル円相場はドル安・円高へと動いていくに違いない。

さっそく、米ドル円チャートを確認してみよう。


2021年初めに、103円の安値を付けた後に、上昇トレンドが始まって116円を超えている。

インフレを考慮すると、米ドルは下落すると考えるのが普通なのに、なぜ上昇しているのだろうか?

それは、為替相場が金利と株価の影響を受けているからである。

2. 日米の金利差

まず金利の話で言うと、米国のFRB(連邦準備制度)はインフレ抑制の為に、政策金利の引き上げを発表している。

FOMC(連邦公開市場委員会)の会合が行われる度に、その時点のインフレ推移に応じて、さらなる利上げに踏み切るかどうかを決定する。

2022年に行われるFOMCの会合は、残り7回行われる予定なので、全ての会合時に0.25%の利上げが実施された場合でも、年末には1.75%まで上昇する計算になる。

さらに問題なのが、既にインフレ率が7.5%まで到達しており、エネルギー価格高騰の弊害により、インフレが10%を超えてくる可能性も否定できない状況である。

これほどのインフレ率にも関わらず、たったの0.25%ずつ利上げしたところで、本当にインフレを抑制できるか怪しいだろう。

場合によっては、1度の会合で0.5%の利上げに踏み切る事も十分に考えられるので、今後も米金利の上昇はトレンドになっていくはずだ。

実際に、米国債2年物金利は利上げを織り込む形で、先行して上昇している。


右肩上がりの上昇を続け、一時は1.6%を超えている。

その一方で、日本国債の金利は量的緩和とマイナス金利の導入などで低いままだ。

下記のチャートは、日本国債10年物利回りである。


2019年末にマイナス圏まで下がったポイントが底値で、直近の利回りは米国の金利上昇につられて0.2%付近まで上昇している。

0.2%と言えばかなり低水準なのだが、実に7年ぶりの金利水準まで上昇している。

民間銀行は金利上昇の恩恵を受けやすい為、銀行株は買われやすい展開になるだろう。

下記は、ゆうちょ銀行のチャートである。


去年の11月に底を打った後に、300円以上の値上がりを見せている。

しかし、直近では再び大陰線で暴落しているが、これはなぜだろうか?

その理由は、2022年2月14日に日銀が国債を無制限に買い入れる事を正式発表したからである。

日銀 国債無制限買い入れ実施を発表 長期金利低下

金利上昇は民間銀行や預金者にとってはメリットが多いが、債務者である政府にとっては利払い負担増加という深刻な問題に直面する。

ただでさえ、日本政府は既に1200兆円を超える借金を抱えており、そこに利払い負担の増加が上乗せされると、その利払いに対しても新たに借金をして返済しようとする為、これまで以上に借金が増加するペースが速まってしまうのである。

政府としても利払い負担はできる限り減らしたいと考えるだろう。

そこで先ほど紹介した、日銀による国債の無制限買い入れが肝となってくる。

国債金利は、国債が売られ価格が下がるほど金利が上昇してしまう。

市場金利が上昇している中で、政府が新たに借金をする為に国債を発行し売ろうとしても、その際に提示する金利が市場金利を下回っていると誰も買い取ってくれない。

つまり、政府は新たに国債を発行する場合は、必然的に市場金利と同じかそれより魅力的な利回りを提示しなければならない。

市場金利の上昇は、政府の新たな借金を阻害する要因となる為、これを防ぐための対策として、中央銀行が市場からの国債買い入れを積極的に行えばよいのである。

日銀が国債を買い支えれば、国債価格は上昇する為、金利の上昇は抑えられるだろう。

これこそが量的緩和政策であり、日銀は国債買い入れ上限を撤廃し、必要に応じて買い支えを実行される。

直近の日本国債利回りが急低下した理由は、この量的緩和が主な原因だ。

また、日本国債2年物利回りに至っては、0%を下回っている。


コロナショック以降、右肩上がりを維持しているものの、現時点の金利はマイナス0.026%である。

これはつまり、この国債を買えば逆にマイナス0.026%分の金利を支払わなければならず、損をしてしまうのである。

なぜこんな現象が起こっているかと言うと、2016年1月に日銀はマイナス金利政策を導入したからである。

このマイナス金利政策とは、民間銀行が日銀の当座預金に資金を預けた一部(割合としては結構少ない)に対して、マイナス0.1%の金利を適用させる政策である。

この政策により、民間銀行は日銀に現金をたくさん預けたままにしておくと、保有資産が徐々に目減りしてしまうので、金利負担を回避する為に、企業へ資金を貸し出させる狙いがある。

要するに、民間銀行は現金として保有し続けておくと手数料(マイナス金利)を日銀に支払う羽目になるので、それを回避する為に現金を誰かに貸し付けたり、株式などに投資しようとする訳である。

マイナス金利政策は、経済活性化を図る手段として導入されたもので、日本の経済が回復しない限りは当分辞められないだろう。

という事は、短期国債金利はマイナス金利政策により0%未満を推移し、長期国債金利は量的緩和政策により0.2%以下を彷徨い続ける事が想定される。

その一方で、米国はインフレ抑止の為に利上げを開始していくので、米国債金利は高まっていくだろう。

預金者の立ち場から考えてみれば、金利がほとんど付かない日本円よりも、金利が高まりつつある米ドルを保有したいと思うのは自然である。

よって、日米の金利差という観点から見た場合、米ドル円相場はドル高・円安傾向が続く可能性は高いだろう。

3. 株価下落は通貨安になりやすい?

2022年に入ってから、インフレ懸念が高まり利上げに踏み切る国が増えつつある。

国が崩壊しない限りは必ず元本が戻ってくる国債は、ほぼノーリスクと言えるが、その国債金利が引き上げられることでリターンも上がる。

つまり金利上昇とは、ノーリスクである国債投資の魅力度を高め、ハイリスクの株式投資はこの国債よりもメリットを提示しなければ買われにくい展開となる。

株式の利回りを国債利回りより高める為には、企業がより配当金を捻出するか、それが無理なら株価を下げるしかない。

よって、利上げは株価下落を引き起こす直接的な要因となりやすく、注意が必要となるだろう。

日本の投資家に大人気なS&P500のチャートは、2022年に入ってから雲行きが悪くなっている。


最近はウクライナ情勢によるリスクオフ傾向も相まって、直近安値付近のサポートラインを割れそうな動きとなっている。

一般的に、米国株が急落すると米ドルも下落するという、相関関係が見られるケースが多い。

理由としては、日本人を含め海外の投資家は、米国株に投資する際は、まず自国の通貨(日本なら日本円)を米ドルに交換する必要がある。

この際に、米ドルの買い圧力が高まる事でドル円相場も上がりやすい。

購入した米ドルを使って、米国株に投資するという流れである為、米国株が上昇すれば米ドルも上がりやすい。

株が上昇している際は、基本的に景気が良いことが多く、その国の通貨を安心して保有できるという側面もあるだろう。

これとは真逆の話をすると、何らかの原因により米国株が投げ売りされる事態が起こったとする。

海外勢は米国株を売却した際に得た米ドルを自国の通貨(イギリスならポンド)に交換する。

この際に、米ドルの売り圧力が高まる為に、ドル円相場は下落方向に傾きやすい。

実際に、2020年のコロナショック時には、米国株式が強烈に売り叩かれ、そして米ドルの価格も大幅に下落している。

まずは、当時のS&P500チャートはどうだったかを振り返ろう。


2020年2月20日から、3月24日にかけて35%もの下落が発生した。

皆が大パニックとなり、我先にと保有している株を処分する中、米ドル円相場は下記のように動いている。


2020年2月20日、米ドルが下落するタイミングは株式と同じで、112円から一気に101円まで急落している。

当時、私は米ドル円の為替取引をしていたので、短期間で10円もの大変動が行った事に大変驚いていた。

しかし、101円の安値を付けた後に、たった2週間程度で再び111円付近まで回復している事に疑問を感じた人もいるだろう。

これは、コロナウィルスによる世界的パンデミックが経済を破壊しかねないと考えた政治家が、急遽大規模な金融緩和を打ち出したからである。

パンデミックを食い止める為に、政府はロックダウンを行い人々の行動を制限した。

経済停滞により続出した失業者に対して給付金を配ったり、企業の倒産を防ぐために支援金を提供している。

株価が大暴落したことで企業は資金調達に苦しむ事になるので、大規模な量的緩和を実施することで、金利を引き下げ株式への資金流入を促した。

日本でも国民一人当たりに一律10万円の給付が行われたが、米国では一人当たり3200ドルもの給付が行われ、日本円にして35万円もの大金である。

米国民のほとんどが35万円を受け取ったことで、国民の所得が一時的に高まり、経済的に余裕が出た人も多いだろう。

特に、IT企業やインフラ系の業種はコロナの影響を受けてないばかりか、むしろ巣籠需要で業績は好調となっており、給与・ボーナスが上昇している。

実際、私自身もIT企業に勤めているが、コロナによる悪影響を受けている印象はなく、会社の業績は良かったのでボーナスも例年通り支給されていた。

もちろん、飲食や旅行関連の仕事は大打撃を受けているのだが、逆に業績が良くなった業種も存在しているので、経済的な余裕に大きな差が生まれている。

給与・ボーナスがコロナショック前よりも上昇している人は、35万円もの給付金を受け取っても、経済的に疲弊している訳ではないので、急いでローン返済に充てたり生活費として使う事もないだろう。

また、コロナ禍では行動自粛が呼びかけれているので、旅行や外食をしに出掛ける事も難しい。

お金の使い道に悩んだ米国民の多くが、給付金を株式投資に回している事が確認されている。

ちょうど株価も下落してきて割安の水準まで落ち込んできているので、受け取った給付金を2倍にしてやろうという思いで米国株が中心に買われている。

株価が底を打ったかのように徐々に値上がりし始めていくと、海外勢も売却した株を買い戻す動きへと切り替える。

海外勢が米国株を買う際は、まず米ドルを購入する必要があるので、米ドルの買い圧力が高まり、一気にドル高・円安相場になったのである。

このように、株価と通貨は連動しやすい傾向にある為、米国株が暴落した場合は株安とドル安のダブルパンチをくらう羽目になり、為替ヘッジをしていない日本人投資家は大損失を被ることになるだろう。

4. 貿易赤字の拡大

米国の貿易赤字・財政赤字は何年も前から問題視されていたのだが、コロナ禍の現金給付によりさらに悪化している。

まず、現金給付は政府による新規国債発行により賄われているもので、多額の負債が新たに生じてしまうのは理解できる。

しかし、貿易の赤字が拡大している理由は何だろう?

35万円以上もの現金給付が行われ、外出が制限されたコロナ禍のアメリカ人は、給付金の使い道としてネットショッピングでの買い物をする事が増えたようである。

ネットショッピングの市場シェアは、Amazonが大半を占めている為、新たに印刷され配られた現金がAmazonに流れている。

実際に、コロナ禍での巣籠需要から、Amazonの業績は軒並み上昇したことで株価も値上がりしている。


コロナによる経済危機により立場の弱い労働者は失業し、生活に困窮した人が続出した人を支援する為に配られた給付金が、皮肉にもAmazonというグローバル企業をより潤わせ、CEOのジェフ・ベゾスの資産は20兆円を超えた。

また、株式などの資産を保有する投資家や富裕層などは、Amazonを中心としたハイテク株が急上昇したことで、巨額の利益を何もせずに手にしている。

大規模な金融緩和や現金給付などの政策は、一見すると貧困層を救う為の素晴らしい手段であるかのように思えるが、その実態は富裕層をよりお金持ちにさせるだけで、後々に高インフレや増税といった形で、給付で受け取ったお金以上の金額を支払う羽目になるのである。

それと輸出入で問題となっているのが、Amazonネットショッピングを経由して商品を購入する際、その商品の製造元は中国であるケースが非常に多くなってきていることだ。

最近では、Made in Japanの文字を見る事はすっかり無くなり、Made in Chinaばかりである事は、読者もご存じのことと思う。

要するに、アメリカは新たに借金をしてまで印刷した現金を、中国の製品をAmazon経由で買いまくっている状況なのである。

これにより、アメリカは物を生産する訳でもなく、ただ印刷した金で中国の物を買っているだけなので、アメリカ側は借金が積みあがる一方で、中国は製品がバカ売れするので儲かり続けるという構図だ。

下記は、アメリカの商品およびサービスなどの輸出から輸入を差し引いた指数チャートである。


0.0の黒い直線より下を推移しているという事は、輸出より輸入金額が上回っている事を意味する。

上記のチャートを見る限りだと、1978年頃からアメリカは貿易赤字が続いており、アメリカの資産が国外に流れ出ている証拠である。

実際に、アメリカの対外純資産(アメリカが外国に保有する資産から負債を差し引いたもの)を見てみよう。


2006年からのデータになるが、長期的に下落トレンドが継続しているのが分かるだろう。

これは、アメリカの資産がどんどん海外へ流出している事を意味している。

一般的に、貿易赤字が続いて対外純資産が減り続けていくと、その国の信頼度は大きく損なわれ、そんな危うい国の通貨など誰も欲しがらなくなる。

かつての覇権国である大英帝国(イギリス)が基軸通貨の地位をアメリカに奪われた理由も、対外純資産が大幅に失われた事が大きな要因とされている。

それまで絶対的な強さを誇る海洋国家であったが、重化学工業を発展させたアメリカやドイツの台頭により、工業生産で追い抜かれてしまった。

次第に技術力でも差を付けられるようになると、イギリスで製造した物が売れなくなってしまう。

さらに事態が深刻化した原因が、第一次世界大戦の勃発である。

戦争をするには多額の戦費が必要となり、イギリスは戦費を賄う為に国債を発行し、その多くをアメリカに買い取ってもらった。

こうして、イギリスの資産がアメリカに行き渡り、イギリスはアメリカに対して多額の負債を抱えていくことになる。

また、アメリカ本土は世界大戦の被害をほとんど受けておらず、インフラも破壊される事は少なかった。

その一方で、イギリスは第二次世界大戦中にナチス・ドイツの空軍による大規模な空爆を行っている。

これがいわゆるロンドン大空襲と呼ばれるもので、4万人の犠牲者・100万人以上の家屋が破壊されている。

このように、戦争で破壊された建物の復興にも多額の資金が必要となり、イギリスの対外純資産は悪化の一途を辿っていく。

結果的に、イギリスの通貨ポンドは信頼を失い、代わりにアメリカの米ドルが基軸通貨としての地位を確立した経緯がある。

ちなみに、イギリスのポンドが基軸通貨になる前は、ネーデルラント(オランダ)のギルダーが基軸通貨の役割を担っていた。

歴史を振り返ってみると、基軸通貨は過去に何度も入れ替わっており、覇権国の影響力が弱体化すると新たな強国に取って代わられるようだ。

それを踏まえて、今のアメリカを見てみてほしい。

あと何十年、アメリカは覇権国家としての地位を維持できるのだろうか?

既に足元が不安定になっているアメリカと、経済力・軍事力どちらも驚異的な成長を遂げていく野心的な国家の中国、両者が覇権を巡って争い続ける事は容易に想像できてしまうが、果たしてどちらが勝利するのか、見守っていきたいと思う。

結論

ここまで、米ドルの暗い実情について説明してきたが、割と現実的で危機感を感じてもらえたのではないだろうか?

世界トップのアメリカが、そんな簡単に崩壊するはずがないと考える人も多い事だろう。

直近ではドル高相場が続いていることもあってか、日本円は危ないから米ドルを長期積み立てておくと安心ですよと、ポジショントークンを展開しながら顧客に契約を結ばせようとする業者も増えている印象を受ける。

しかし、もう一度しっかりと考えてみてほしい。

本当に、米ドルは安心して保有できる通貨なのだろうか?

個人的には、短期で米ドルを買うのは悪くないと考えている。利上げなどの恩恵も受けると思うので。

ただし、今後数年~数十年という長期目線での、米ドル積み立ては危険であると結論付ける。

特に20代の若者投資家で、老後の資産形成を目的として、長期で米国株を積み立て投資しようと考えているのなら、気を付けたほうがいい。

米ドル円相場が90円を割れるほどの暴落が起きた時、為替ヘッジをしていなければ巨額の損失を出す事になるだろう。

 

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