インフレ加速はリスク資産に逆風

コロナショック以降、量的緩和の恩恵を受けて市場はリスクオンムードが高まり、株式市場は軒並み上昇してきた。

しかし、2022年に入るとこれまでの上昇ムードが一変し、利上げやQT(量的引き締め)懸念により株価や暗号資産は上値が重い展開が続いている。

読者もご存じの通り、利上げ懸念が高まっている最大の原因は、インフレが猛烈に加速している事である。

果たしてバブル相場は終焉を迎え、ここから下落トレンドに入ってしまうのだろうか?

この記事では、インフレがもたらす株価への悪影響について解説したいと思う。

インフレ加速を引き起こした原因

2022年1月の米国CPI指数が発表された。


市場予想では7.3%だったが、今回のインフレ率の結果は 7.5%と発表されている。

これは実に40年ぶりの水準であり、非常に高いインフレ水準が、米国民の生活を逼迫させている要因である。

それでは、なぜここまでインフレが加速したのかを考えてみよう。

コロナショックによる経済危機により、失業者が増加したり給与が大幅に低下した事を受けて、米国政府は貧困層の生活を保護する名目で大規模な給付金や失業給付を行ってきた。

日本でも珍しく、国民一律10万円の給付金が支給された事で話題となったが、支給金の多くが消費に回らず貯蓄されたと指摘されている。

一方で米国の場合は、国民一人当たり最大3200ドル(37万円)が支給され、支給額の半分近くが消費に回されており、3割はローン返済に充てられている。

また、過去には失業給付金に週600ドル(7万円)を上乗せして支給される為、通常の失業給付金 + 28万円 が毎月支給されていた。

もはや失業する前よりも失業した後のほうが収入が増えるケースが相次ぎ、これほど手厚い給付が行われてしまうと、当然ながら労働意欲は低下してしまうだろう。

それに加え、米国のコロナパンデミックによる犠牲者は、2022年2月時点で91万4千人を突破している。


コロナ犠牲者の増加と、労働意欲の低下が相まって、米国では深刻な人手不足に陥っている。

企業の立場からすると、人手不足は事業を継続する上で支障が出かねない為、賃金を引き上げるほかない。

この賃金の引き上げが、企業側の人件費コストを高めてしまい、販売価格を上げて利益を確保しようとする事で、結果的にインフレが加速する負のスパイラルに陥ってしまう。

以下のチャートは、米国の平均時給を示している。


このチャートを見ると、2007年から平均賃金は右肩上がりで、2020年のコロナショック以降はさらに上昇しており、2022年時点では$31(時給3600円)を超えている。

日本の平均時給は930円程度で、なかなか時給が上がらないのに対して、米国の時給は軒並み上昇しているのがよく分かる。

また、これだけ時給の上昇が進んでいけば、労働者はこれを機に今よりも好待遇な就職先を見つける為に、現職を辞める動きが活発になっている。

この動きは、コロナショックの影響を受けやすく客足が遠のいた業種は売上が伸びず時給も伸びにくいので、慢性的な人手不足に陥りやすい。

しかし、いつまでも人手不足の状態で事業を継続するのは厳しく、売り上げはそれほど伸びないにも関わらず、従業員が集まらないので仕方なく賃金を上げることで、企業の固定コストを圧迫させ、そのコスト分を販売価格に上乗せすることでインフレ率を押し上げてしまう。

それと、直近ではオミクロン変異株による感染者急増も、人手不足に拍車をかけている。


2022年に入ってから、米国の一日の新規感染者数は、およそ20万人~80万人と大幅に増加しているのが分かる。

日本のワクチン接種率が80%である事に対し、米国では65%と比較的低い水準で、なかなか接種率が伸びていないのが現状。

米国では反ワクチン運動などが一部の地域で激しく行われ、誤った情報を鵜呑みにした国民はワクチン接種を拒否しているようだ。

オミクロン株はデルタ株よりも重症化率が半減したと発表されるものの、感染確率は大幅に上昇している為、重症化する人数は相対的に増えてしまっており、病床使用率を逼迫させてしまっている。

免疫力が衰えてきた高齢者にとっては、やはりコロナ感染に強い恐怖を感じるものと思われるので、資産を蓄えた高齢者による消費活動は大きくは伸びず、また接客業の仕事に就く事を極力避ける傾向がある。

この調子だと、しばらくは人手不足の問題が続きそうで、インフレを抑え込むのは難いだろう。

また、昨今のSDGsによる温暖化防止の為、原油の供給制限が継続されている事で、原油価格が高騰している。


CO2排出を減らす取り組みとして、火力発電所を止めて太陽光や風力発電に力を入れ始めているものの、発電量が低すぎるせいで電力を賄えない。

その為、火力発電所を再開する国が増えたり、行動自粛制限が緩和された事によるエネルギー需要の増加を受けて、原油を始めとするエネルギー価格は軒並み上昇している。

それに加えて、ロシアとウクライナの軍事衝突が懸念されている事も、原油価格の高騰を引き起こしているとの指摘もある。

ロシアは世界3位の原油産出国であり、ヨーロッパへ原油や天然ガスの輸出を行っているが、仮にロシア軍がウクライナに軍事侵攻をした場合は制裁として、ロシアからのエネルギー輸入を中断すると発表している。

ロシアとウクライナの問題に関しては、下記のサイトに詳しく記載しているので参考にしてもらいたい。

https://se-survive-investment.com/military/russian-military-invasion-of-ukraine

 

ロシアからのエネルギー輸入がストップした場合は、原油価格のさらなる上昇を引き起こしてしまう為、インフレ加速の要因となる。

欧州の冬は非常に寒く暖房が欠かせないのだが、貧困層は灯油が高すぎて買えない世帯が増えており、今年は厳しい冬になりそうだ。

 

ここまで解説してきた要因が長引くことで、2022年もインフレは高止まりする事が想定される。

ただし、インフレの異常な加速は経済にとっても良い事ばかりではない。

経済的な余裕がない世帯、特に貧困層からすれば、現在のインフレは致命的で生活必需品の値上がりで困窮している。

米国は日本以上に経済格差が深刻化しており、まともな教育を受けられずに育った若者の貧困化が問題となっている。

貧しい暮らしに嫌気をさす人が増えれば増えるほど、バイデン政権への不満が高まることで、支持率にも悪影響を与えてしまう。

そこで、バイデン大統領はFRBにインフレ抑止を働きかけた事で、FRBは2022年3月に利上げ開始、同年6月にQT(量的引き締め)を開始すると発表した。

この声明を受けて、株式市場を始めとするリスク資産は軒並み下落。


S&P500は、一時10%を超える下げ幅を記録し、利上げ発表に対して警戒している投資家が多いことが分かる。

直近では、サポートラインで大きく上昇反発しているものの、利上げ開始がまもなく行われる為、ここから高値更新できるほどの強気市場に回復したとは個人的には思えない。

そもそもコロナパンデミックによる経済ダメージを受けたにも関わらず、これほど株価が一方的に上昇してきた主な理由が、量的緩和とゼロ金利である。

紙幣を大量に印刷し、そのお金が債券市場に流れ込み利回りが低下した事で、投資家は高い利回りを得る為に株式へと資産をつぎ込んだ訳である。

今起ころうとしているのは全くの逆で、中央銀行が債券の買い入れを辞め、さらに保有している債券を売却し、政策金利の引き上げを検討している。

これらの金融政策を受けて、国債利回りは上昇し続けており、リスクプレミアムの観点から考えてみても株式市場にとってマイナス要素となる。

以下は、米国債2年物利回りのチャートである。


コロナショック以降の政策金利は0%に近い水準を維持していたが、2022年に入って急上昇しており、このまま2%を超える可能性が高い。

次に、米国債10年物利回りについても見ておこう。


10年国債の利回りも、2022年に入って大きく上昇してきており、一時的に2%を上回っている。

ここで、金利と景気の関係性について軽く説明しておく。

金利と景気は相関関係にあり、一般的に好景気になるほど企業が事業拡大の為に資金調達を行うことで資金需要が伸び金利も上昇する。

反対に、不景気になると物が売れず売上が下がり、企業は事業拡大を控えることで資金需要が低下し、金利もあがりにくくなる。

それに加えて、政府が景気を良い方向に向かわせる為に、あえて金利を下げることで企業が借金をしやすい環境を作ってあげ、事業拡大への流れを活発化させる低金利政策を打ち出すケースが多い。

 

このことを踏まえて、2年物国債利回りと10年物国債利回りを改めて比較してみると、2年物国債利回りのほうが強く上昇しているのが分かるだろう。

ここで、イールドカーブ(残存期間が異なる複数の債券における利回りの変化)についても確認しておこう。


2020年4月~2021年末までは差が開いていたものの、2022年に入って利上げ開始月に近づくにつれて、ほとんど差が無くなってきた。

このように、短期国債利回りが長期国債利回りに近づく現象を、イールドカーブのフラット化と呼ぶ。

これが何を意味しているのかを考察してみよう。

まず、2年物国債利回りが急上昇しているのは、FRBが政策金利を引き上げようとしているからであり、引き上げる理由は景気が良いからというよりは、加熱したインフレを阻止する為に仕方なく利上げに踏み切ったのである。

一方で10年物金利はそれほど急上昇しているとは言えないが、これは10年後の米国経済を反映したものである。

金利は経済と密接な関係にあると先ほど説明したが、10年物金利が上がらないという事は、現時点で多くの投資家は10年後の米国経済が成長しづらいと予測している証拠だ。

経済が成長しない → 不景気な状況が続く → 企業の売り上げが伸びない → 企業が事業拡大をしない → 資金需要が低下し金利も下がる

将来的に経済成長が低迷するのであれば、やはり株価にとってもネガティブ要素となりえるだろう。

米国のインフレ率が今後どのように推移するかにもよるのだが、もし仮にインフレ率がさらなる上昇を続けた場合は、FRBも本気で利上げを開始する必要に迫られ、1度のFOMC会合で0.25%の引き上げ予想だったのが、0.5%へと急遽変更される可能性の否めない。

2022年のFOMCは残り7回が予定されており、毎回0.25%の引き上げが実施された場合でも、政策金利は1.75%を超える計算となる。

そして、1度でも0.5%の引き上げが行われたら、2.0%を超えてしまうので、安全資産である国債への投資でも年利2%を得られるようになると、国債利回りに競合する形で株価が下落調整してくる動きが想定される。

つまり、金利が引き上げられるにつれて、株式市場からは資金が徐々に抜けていき、最終的にはバブル崩壊へと繋がる恐れがある。

2022年以降も株式投資する場合は、金利の動向に十分に注意を払いたい。

また、短期国債利回りが長期国債利回りを上回る、逆イールドと呼ばれる現象が起きてしまうと、数年後には景気後退が訪れるシナリオに警戒したほうがよい。

というのも、リーマンショックが起こる少し前の2007年前後で、逆イールドが発生しており、その数年後に株価は歴史的暴落が記録された。


下記のチャートは、米国を代表する2000の小型銘柄で構成された株価指数である、ラッセル2000である。


2007年前後に逆イールドが発生した後、2009年前後に株価が一気に急落しているのが分かる。

株価が暴落した事で資金繰りに行き詰まる企業が増え、倒産し失業者が増え、日本を含む全世界にとって非常に苦しい時期を過ごす羽目になった。

今回もリーマンショックと同等の大暴落が起こってしまうのかは正直分からないが、危機に備えたポートフォリオの構築を今のうちに意識しておいたほうがいい。

 

あともう一つ個人的に警戒しているのが、中国の不動産大手 恒大集団が事実上のデフォルト(債務不履行)を迎えたことである。

今年に入ってから、この話題はあまり聞かなくなったのだが、中国の不動産バブルは崩壊しつつあり、これを起点に中国経済が一気に低迷する恐れがある。

最近あまり報道されなくなった理由として、習近平主席が不動産市況悪化を阻止する為に、あらゆる手段を尽くしてソフトランディングさせようとしているからである。

その為、楽観論を主張している専門家は、中国政府は不動産市況を上手くコントロール可能と考えており、これ以上の不動産価格暴落は起こらないと予測しているようだ。

そもそも不動産市況が悪化した主たる原因は、中国政府が過度な投機を制限し、借金体質の不動産開発企業に借入条件を厳しくしたことで、資金繰りに行き詰まった企業が連鎖的に倒産したことである。

政府が緩和強化に舵を切った理由が、ここ20年以上にわたって不動産価格が上昇し続けた事で家賃が支払えなくなった貧困層が増えたからである。

中国は高い経済成長率を誇るものの、その恩恵は主要都市周辺のみで、北部の農村地域では貧困層が未だに多く住んでいる。

そこで共同富裕をスローガンに掲げた習近平政権では、富の再分配をする狙いでバブル相場の不動産市場に目を付けた訳である。

バブル相場と言うが、実際にはどれくらい値上がりしているのだろうか?

一般的に、マイホームをローンで組んで購入契約する場合は、自分の年収の5~6倍程度と言われている。

例えば、年収が500万円の会社員がローンを組んで家を買う場合は、3000万円程度が予算の目安となる。

現在の中国の不動産平均価格はどうなっているかと言うと、北京平均年収の25倍~50倍と推定される。

年収が500万円の会社員が家を買うなら、1億2500万円~2億5000万円もの大金を用意しなければ家を買えない状況である。

これらを見る限りでは、中国の不動産市場はバブル相場であったのは間違いないだろう。

ちなみにローンを組む場合では、住宅ローン5%~5.7%の金利負担がプラスされる為、実際の支払金額はもっと高くなる。

これだけ不動産価格が上昇しているのにローンを組んでまで購入した人は非常に多いようだ。

というのも、中国の不動産価格が長期にわたって上昇してきた事で、国民は不動産への期待と信頼が高まっている。

買っておけば将来大きく値上がりするので、若いうちからローンを組んででも不動産を保有しておけば、老後の資金を確保できると考えているようだ。

不動産は必ず上昇していくものと信じて疑わない素人にとっては、これから訪れるであろう不動産バブル崩壊に、どう対応していくつもりなのだろうか?

老後の生活資金を形成する為に不動産を買っている人達は大損失を計上し、今後は中国国内の消費活動が一気に冷え込み、また中国からの輸入も減少することで、少なからず日本の経済にも打撃を与える事になるだろう。

そうなれば、株式市場にとっては最悪である。

ここまでの話をまとめると、下落を引き起こした主犯は中国政府であり、規制を強化したせいで国内経済を不安定にしてしまい、結果的に自分の首を絞めることになった。

中国の著しい経済成長は、不動産市況の成長が大きく貢献している為、ここが折れると今後の成長率の足かせになるだろう。

強権的に物事を進めてしまう事の危うさを理解した中国政府は、焦って対応に追われているのだが、それらが果たして報われるのだろうか?

今の対応としては、主に中国政府による不動産開発企業の資金支援だったり、借金体質の民間企業を排除し、国有の不動産開発企業が中心となって市場シェアを拡大していく事を目指しているようだ。

ただし、国有企業による支配が完了するまでには、長い時間と莫大な費用が掛かると思われる。

それまで不動産価格が持ちこたえられるのかは不明であり、今後数年間は不動産価格の上昇は見込めないだろう。

最後に、2008年リーマンショック時の、不動産価格と株価変動の連動性について振り返っておこう。

2007年の4月~12月までの米国不動産価格(CSUSHPINSA)と、米国株式(S&P500)を比較してみた。


上記の不動産価格を見てみると、2007年4月に入ってから下落し始め、12月末には6%の下落幅を記録している。

次に、この時期と同じタイミングのS&P500はどうだったのか?


2007年4月から株価は上昇を続け直近高値を更新しており、不動産価格とは異なる値動きをしていた事が分かるだろう。

当時は、株価が上昇し続けていた事もあってか、普段は株式投資に何の興味もない素人までもが参入してきたことで、S&P500などの株価は買い支えられている。

しかし、素人達が大勢参入してきたタイミングがバブルの崩壊ポイントであるケースは多く、実際に2007年4月からは不動産市況の悪化を警戒していたプロは多かった。

そんな事を知る由もない素人達は、買えば儲かるバブル相場がいつまでも続くと期待し、自分の資産を株式につぎ込んだ人々の末路は、読者もご存じの通りである。

これを踏まえた上で、中国の不動産市況と株価に注目してみると、現時点で株価は高値圏を維持しているものの、中国の不動産市況が危うい状況が続いている為、念のために警戒を怠らないほうがいいだろう。

私は既に、保有している株式の大半は利確済みで、暗号資産においてもBTCを除いたアルトコインは売却している。

本当にリーマンショックと同じレベルの暴落が発生するかは分からないが、過去と似たような雰囲気が漂い始めた今、あらかじめ危機を察知し、それに対処するのが投資家の仕事である。

くれぐれも、大惨事に巻き込まれないように気を付けておきたい。

 

 

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